よくある霧がかった曇り空、ロサンゼルスの日曜日の朝。コービー・ブライアント死去のニュース速報が携帯電話に入る。何かの冗談かな?と思うのも束の間、車のFM放送が通常のように音楽を流すことは無く、緊急ニュースに切り替わっている事を知り最悪の事態で世間が動揺している事を知る。そして間もなくブライアント氏の娘のジジさんもヘリコプターに同乗しているニュースを聞き涙が流れた。
前日にレイカーズの試合でレブロン・ジェームスがコービーの通算得点記録を抜き、ツイッターでブライアント氏の賛辞が紹介され、レブロンはロッカールームでコービーの良き思い出をテレビで語っていたのはつい数時間前の事だ。現実とは思えない状況と、次から次へと目の当たりにする人々とメディアのリアクション、時間の経過とアカデミー賞を控えたロサンゼルスの街の静けさに鳥肌が立った。
コービー・ブライアントは17歳から37歳の20年間のキャリアをロサンゼルス・レイカーズで終えたNBAでも特別な存在である選手。そしてロサンゼルスの街は彼の青年から伝説の選手となり、そして父親として人生の第二のキャリアを歩き出した姿を知っている。苦悩や挫折から栄光すべてを知っているのがこの街だ。
マイケル・ジョーダンとよく比較されるように、コービー・ブライアントは彼にもっとも近づけた選手だった。それだけ競争心があり、神と呼ばれたジョーダンに畏怖する事無く挑んだ。才能があった事よりも、努力やハードワーク、勤勉な姿がキャリアの後期になってメディアでもよく語られるようになった。そしてマンバメンタリティという言葉が定着しだすにつれ、スポーツ界の垣根を超えて彼の哲学に影響を受け始めた。
コービー・ブライアントが特別なのは、彼の飽くなき探究心、好奇心、勤勉、努力、そして諦めず情熱を抱き続ける姿だろう。彼の様々な挫折や絶望的な怪我を乗り越え復活する姿はテレビや試合観戦を通して記憶に鮮明に残っている。シャキール・オニールとのレイカーズ黄金時代から、後期の二連覇、オリンピックの二連覇、81得点の試合から、60得点した引退試合、セルティックスとの第7戦を制覇、アカデミー賞受賞など、青年から父親になるまでの姿を現役を通して、そして引退後もこの街は見てきた。
英語、スペイン語、イタリア語を記者会見で話す姿も印象的だった。試合でも相手の国に敬意を払い、海外で幼少を過ごし、フィラデルフィアに移り、ロサンゼルスに到達するまで、異なった文化に触れることで人間的な魅力を広げた。知的であった。チームメイトのスペイン人のパウ・ガソルとスペイン語で試合中にコミュニケーションをとる姿は極めて試合巧者だった。
好奇心、飽くなき探究心、失敗を恐れず進み続けること、ひたすら努力すること、これらはコービー・ブライアントの代名詞だ。
そして今は彼が亡くなって、明るみになっているのが家族を思う父親の姿。娘のために引退で縁を切ったバスケットボールに再び関わりだしていたコーチとしての姿。そしてNBAの後輩だけでなく、女性選手達や様々な人のために自分の経験を生かしてもらおうと人との関わりを持っていた事を知り、とても特別な人を世界は失ったのだと喪失感を思う。
マンバメンタリティ。これはこれからも人の心に生き続けるだろう。
コービー・ブライアント氏と娘のジジちゃんにご冥福をお祈り致します。
RIP Kobe and Gigi 
追記:コービーが勧めていた本を1冊紹介。「かもめのジョナサン」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%82%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B5%E3%83%B3
